国内外で活躍する慶應義塾大学OG・OB(三田会)のキャリアストーリーや視点をインタビュー形式で紹介し、現役生に向けて発信する取材企画 ”focus.”
#06:福田一翔さん
2008年に慶應義塾大学法学部法律学科、2010年に慶應義塾大学法科大学院 (法務博士)を卒業。
2011年、最高裁判所司法研修所を修了したのち、アンダーソン・毛利・友常法律事務所(AMT)に入所。弁護士として、主に、クロスボーダーM&A、ベトナムや東南アジアを中心とした各種法務対応、グローバルコンプライアンスなどに特化した法律業務を行う。2016年~17年、ニューヨークの大手総合商社に出向。2017~18年、英国University College London (LL.M.)の海外法務留学を経て、AMTのベトナム・ホーチミンオフィスへの駐在を開始する。2022年にはパートナーに就任。国際法務の知識と実務経験を活かして、多様なグローバル法務分野に幅広く対応した法務サービスを行う。
総合商社への出向、法務留学、ベトナム駐在…国際弁護士としての歩み
━━国際弁護士を目指した理由と、実際グローバルに仕事をする中でのやりがいを教えてください。
弁護士にもいろいろなタイプの弁護士がおり、専門分野も多岐にわたります。その中で自分は、日本の企業が海外に展開する際の支援や、海外からの日本への投資を促進する支援といったクロスボーダー案件を取り扱うことに非常に魅力を感じました。これらの業務は、多様な法務分野を通じて日本社会の発展に大きく貢献できるやりがいのある仕事だと思ったので、グローバル案件を中心とした弁護士業を志すようになりました。
お客さんは大企業の方や経営者の方が非常に多いのですが、要求される水準も非常に高いですし、優秀かつ挑戦的でいらっしゃるのでそういった中で仕事ができるということは常に多くの刺激があります。
やりがいという点では、どの仕事でもそうだと思いますけども最終的には人と人ですので、お客さんの信頼を得て、案件が終わったあとに「ありがとうございました」と言ってもらえて役に立てた時が一番のやりがいになっているのかなと感じます。
━━総合商社への出向経験にはどのような経緯がありましたか?
AMTに限らず、企業法務を取り扱う法律事務所の弁護士が企業に出向するというのはよくあることですが、その目的は色々あります。もちろん、出向先の部署で取り扱う業務の専門性を高めることは一つ重要な目的ですが、お客さんとの関係を維持するために中に入り込ませてもらって内部の人との人脈を作るといったこともありますし、実際にお客さんがどういう目線で法律事務所を選定して案件を進めていくのかということを内部の人の視点で見れるというのも大きなメリットです。
弁護士だから法的に正しいことを言えばよいというわけではなくて、お客さんに安心して案件を任せてもらえるような実務目線を備えたサービスを提供するという視点が大切だということをより強く実感しましたね。
━━そこからベトナムに駐在することになったきっかけを教えてください。
留学や出向でいったん外部に出ても、それらが終われば国内の事務所に戻り、国内でプラクティスを継続するというのが一般的なキャリアです。もちろん日本でも国際的な業務を取り扱うことはできます。ただ、元々AMTに入ったのは国際的な仕事をやりたいと思ったからであり、そうであれば、他の弁護士と同じように日本から国際案件に取り組むよりも一歩進んで、海外現地により深く根ざした業務を行う方が楽しそうだし、自分の付加価値にもなるのかなと思った次第です。
世界的にみると、日本経済って残念ながら今後は相対的には横ばいか縮んでいく一方ですよね。そのような中で、今後大きな成長が見込まれる新興国で挑戦したいなと思い、その中の有力な候補の一つであったベトナムを選びました。
ただ、最初は1年だけのお試しのつもりだったんですけども、ベトナム料理も美味しいし、家族も含めてベトナム生活は肌に合い、色んな要因が相まってベトナム駐在は現在7年目になります。
法律はあるのにその違反規定はない!?ベトナム事情と変わりつつある社会
━━7年のベトナム生活の間に起こった、法律業界での変化やトレンドの変化で印象に残っていることはありますか?
まず、都市のインフラや生活面でも大きな変化を実感しています。私が赴任した頃はユニクロや無印良品といった日系のお店も進出してなかったのですが、どんどん便利になっています。日本料理のお店も増え、外食のバリエーションはとても豊富で、食事に困ることはありません。橋や道路、交通網でも大きな変化がありました。2024年12月、日本が資金援助しているホーチミン市の地下鉄もようやく開業し、非常に便利になりました。
次に、法律面に関しては、新興国ならではの不透明さと不確実さが今でも存在しています。ベトナムは旧宗主国であったフランスや、その後に法整備支援をした日本などの影響を受けて法制度を整えているので、日本の法律と似ている部分も多いです。しかし、日本では精緻に法令が作成されており、学者先生の文献や裁判例、立法に関する資料など弁護士がアクセスできる情報も豊富ですが、ベトナムでは調べても調べてもよく分からないことが多いのが現状です。
また、法律は既に発効していても「その詳細は政府が別途定める規則による」と記載されていて、しかもその規則がまだできていないといったこともあります。また、法律には「〜してはいけない」と書かれているものの、違反した場合にどうなるのかが何も規定されていないといった事態も散見されます。いずれも日本では考えられない状況ですね。
それでも、現地の商工会をはじめとした様々な政府当局への働きかけによって、徐々にそのような不確実さは改善されてきています。年々、外国企業にとってもビジネスしやすい環境が整ってきているといえるのではないかと思います。
「日本ならではの国際貢献がある」これからの日本経済の立ち位置
━━かつて日本が経済的に勢いを持っていた時期と比べ、日本から海外への投資は減少しているのではないかと思います。そういった中で、今後の日本の東南アジアにおける立ち位置について、どのように考えていますか?
私は経済の専門家ではないので、お答えするのは難しいですが、ベトナムに関して言えば、日本からの投資が少なくなっているとは思いません。毎年の日越間の投資の統計等は公表されていて、年によりますが、引き続きべトナムにとって、また東南アジアにとって、日本は有力な投資家と言えると思います。
ただ、中国や東南アジア各国の成長は著しいですし、現地の物価高、それにここ数年の円安も相まって、相対的には、日本の存在感は大きく下がっているのは否定できません。ここ2、3年ほどで全てのものの価格が1.5倍になってしまっているわけですから、仕方ないですよね。一方で、中国、シンガポール、韓国、インドといった国々は、東南アジアの中でどんどん存在感を伸ばしているように感じます。今後、日本は、人口減少や経済の縮小に伴って、世界での存在感が小さくなっていくことは避けられないはずです。
ただ、日本ならではの貢献の仕方があると思っています。投資金額や、投資案件の件数で1位になるといったことは重要ではないと思うので、現地の社会に貢献でき、日本企業の成長にもつながるような有意義な投資ができればそれは国際貢献になると思います。弁護士として、法務面からそのような案件のサポートをできればうれしいなと思って日々業務に取り組んでいます。
━━言語も文化も違う現地社会での仕事ですが、その難しさと面白さはどういったところにありますか?
私たち日本人弁護士は一人で仕事ができるわけではなく、ベトナムに出資されている他の企業と同様に、現地のベトナム人社員(AMTであれば主にベトナム人弁護士)を雇用してチームを組んで一緒に仕事をしています。
私たちは日本語と英語で、彼らは英語とベトナム語で仕事をするので、英語という共通言語はあるのですが、やはり言語の壁や文化的な違いを乗り越えるのは大変です。日本人が海外に駐在する際には、日本である程度の経験を積んだ後にマネジメント的な立場で赴任することが一般的だと思いますが、その際に日本のやり方を押し付けるだけではなく、現地の文化や価値観を尊重しなければ良いチームは作れないです。
私も、一応オフィスのマネージャー的な立ち位置にはなるので、ベトナム人の弁護士やスタッフの考えや性格を尊重し、日々のコミュニケーションを重視しながら協力し良いチームを作れるように心がけています。
ベトナムに限らず、異文化の中での仕事は挑戦的ですが、同時に非常にやりがいのある経験でもあります。お互いの文化を理解し合い、協力しながら成長していくことが国際的なビジネスの面白さだと感じています。
「包括的に法律を学べるのは大学だけ」今しかない時間を有効なものに
━━慶應での大学生活、どのように過ごされましたか?
普通の大学生活を送っていました。大学1年や2年生のときは、バイトに打ち込み、サークル活動も頑張っていました。勉強にはそれほど力を入れてなかったかもしれません。ただ、司法試験を目指そうと思い始めた大学3年生くらいからは、勉強にも一生懸命取り組むようになり、ゼミの仲間と勉強会をするなどしていましたね。
これは法曹を目指す人向けの話ですけども、弁護士でも裁判官でも検察官でも、実務に出てからは忙しいので、案件の状況に応じてその場その場で必要になる情報を調べる、というインプットの形が多くなってしまいます。一つの法を包括的・体系的に学べるのは学生のうちだけですので、今のうちに、特に民法や会社法などの基本法についてはしっかり勉強しておくことをお勧めします。
あと、私は旅行が大好きだったので、大学在学中はよくバックパックを担いで海外貧乏旅行をしていました。帰国子女ではありませんが、様々な国を訪れる中で自然と海外への目線が向くようになりましたし、海外で仕事をしたいなということも漠然と思っていました。そういった中で国際的な業務ができる弁護士事務所として、AMTの志望度が高まったということも言えるかと思います。
━━慶應生にメッセージをお願いします。
学生時代は非常に貴重な時間なので、勉強、遊び、人脈作り…悔いのないように過ごしてほしいと思います。勉強はもちろん重要ですが、友人との人脈を築くことも同じくらい大切です。留学やインターンシップなどの経験も将来に役立つ貴重な時間となりますので、何事にも挑戦して、有意義に時間を使ってほしいなと思います。
私自身、慶應義塾の卒業生として早稲田の卒業生から「慶應生はいつも群れている」といった妬みを言われることがありますが、これは本当です。実際に海外に出ると、ニューヨークやロンドン、ホーチミン…どこに行っても三田会があり、そして盛り上がっています。ホーチミンのサイゴン三田会は150人を超える大きなコミュニティで、定期的に飲み会を開催して、飲み会の最後には一緒に「若き血」を熱唱しています(笑)。海外に出て、同じバックグラウンドを持った人と情報交換をしたり、それが時には仕事に繋がったりと非常に心強いですよね。
読者のみなさんも、慶應生であることを誇りに思い、将来大きく羽ばたいてほしいなと思います。