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保険加入率1%の海外市場に挑む!第一生命が描いた、アジアにおける保険の未来とは

国内外で活躍する慶應義塾大学OG・OB(三田会)のキャリアストーリーや視点をインタビュー形式で紹介し、現役生に向けて発信する取材企画 ”focus.”

#03:鯖戸隆夫さん
2003年、慶應義塾大学経済学部卒業後、第一生命保険株式会社に入社。
北九州市にて保険営業を担当したのち、2005年からは海外事業に従事。みずほ銀行バンコク支店にてトレーニーとしてタイ企業への融資等の経験をした。2008年、オーシャンライフに出向。企画や総務全般を担当し、第一生命からのガバナンスの役割や企業価値向上に向けた取り組みを推進。2012年からは香港で市場調査を行うとともに、カンボジアの市場調査やインドネシアの企業に出資するなど、M&Aや市場調査に関する業務に携わる。
その後、東京本社にて海外生保事業ユニットで海外業務全般を担当。インド事業への追加出資やベトナムでの提携銀行との協力、ミャンマーやカンボジアへの新規進出に貢献し、監督当局との調整や社内における意思決定プロセスに関与。2024年、第一生命カンボジア副社長として勤務を開始し、現職に至る。

「0から1を増やしてあげたい」第一生命の海外市場進出を推進、新たな可能性を

━━北九州市での勤務から、海外事業に携わるようになったきっかけを教えてください。

私が第一生命に入社した当初、海外事業は全く存在していませんでした。入社したのは2003年で、その時は北九州に配属されました。北九州市はすでに少子高齢化が進んでいましたが、特に自分が配属された八幡地区は高齢者が多く、若者が少ない街での勤務でした。

生命保険会社に入った理由の一つは、保険によって誰かが守られるという会社の役割に共感したからなのですが、日本ではすでに保険に加入している人が多く「新しく保険を購入したことで助かりました」という声より、むしろ「新しい保険に替えて良かった」という声の方が多かったんです。これでは本来の「新しく保険を購入したおかげで安心して生活できるようになりました」と言ってもらえるような社会的な役割を十分に果たすことができていないと思い、心のどこかで違和感を感じていました。

そこから徐々に「もっと0から1にしてあげたい」と思うようになりましたね。海外での事業展開に目を向けると、当時は海外拠点がなかったものの、中国市場には可能性を感じていて。中国は人口が多いし、保険の必要性が高いと思ったんです。そこで、海外事業に関わるため社内で海外トレーニー制度に応募したところ合格し、海外展開の道が開けました。

━━第一生命ならではの企業文化や経営体制はありますか?

1つ目は、会社の文化についてですね。社内でのチームアップやチームビルディングが非常に良好で、基本的に仲間としてみんなで助け合う文化があることを強く感じました。

2つ目は、リテールビジネス(企業が消費者に対して直接商品やサービスを販売するビジネス活動)に関してです。日本の金融機関で海外に進出しているのは、メガバンクや損保会社、証券会社が多いんですが、これらの企業は主に日系企業をターゲットにビジネスを展開しています。その一方で、第一生命は海外ローカルのお客様を対象にしたリテールビジネスを行っています。

私の感触として、海外ローカルのお客様をターゲットにしたビジネスは難易度が全然違います。例えば、日本の保険会社がインドに進出した場合、インドにいる日本人や日系企業にアプローチすれば比較的スムーズに顧客を獲得できるでしょう。日本人であれば、会社名を聞いたら信頼感を持って保険に加入してくれることが多いからです。

一方で海外ローカルのお客様をターゲットにする場合、日系企業としてのアドバンテージは低く、プルデンシャルやAIAグループ、マニュライフ…海外の競合と戦う必要があるので非常に厳しい環境になります。その面で、他の金融機関とは異なる難易度や面白さを感じていますね。

保険加入率1%のカンボジア市場、どう開拓する?日本の常識が通用しない中でのアプローチとは

━━第一生命はベトナム、ミャンマー、タイ、カンボジアといった東南アジアの海外拠点が多いようですが、これにはどういった背景がありますか?

その背景にはいくつかの要因があります。先進国においては、保険は多くの人が加入する商品であり、人口と一人当たりのGDPが高い国ほど保険市場が大きくなるという明確な保険業界の構図があります。しかし、日本の人口は減少しており、生産成長もそれほど高くないため、今後の市場は縮小する傾向にあります。

それに比べて東南アジアを中心としたアジア市場は、経済成長と人口増加の両方の観点から非常に有望です。アフリカや南米も人口は増加していますが、文化的な差異、日本に対する親日度や地理的な要因があって参入ハードルは高いです。例えば、時差があると日本とのコミュニケーションが難しくなりますよね。地理的に近く、文化風習が似ていて親日な国だからといった理由でアジア市場を選ぶ傾向があります。

現在赴任しているカンボジアは、今後の成長が期待される国の一つですね。人口は確実に増加しており、経済成長についてはやや不安がありますが、若い国で親日文化も根付いているため、非常に魅力的な市場です。

━━カンボジア事業ならではの難しさを教えてください。

カンボジアでの難しさは、まず第一生命というブランドがほとんど知られていないことです。カンボジアでは会社名を言っても、ほとんどの人が理解してくれません。日本の市場では、第一生命という名前を聞けば多くの人が知っていて話も聞いてくれるのですが、ここではその看板が全く通じないのが非常に難しいところです。

また、カンボジアの保険加入率は非常に低く、約1%つまり100人に1人という状況です。

この低さの背景にはいくつかの要因があるのですが、第一にローカルの人々に「保険」の概念自体、まだ浸透していないのが大きいです。

またカンボジアは、価値観や文化風習、リスクに対する考え方も日本とは異なります。例えば、カンボジアでは大家族主義が根強く残っており、何かあった時は家族で助け合う文化があります。家計の主たる収入を得る人が倒れると大変ですが、家族全体でサポートし合うため、日本のように「保険」でリスクに備えるという考えがあまりないです。

当然、その場合は保険のニーズも国ごとに異なるので、日本とは異なるアプローチを取ることが必要になってきます。日本の企業が海外でビジネスを展開する際、例えばトヨタは基本的に同じ製品をどこでも提供することができますが、保険のような金融商品は、その国の人々の価値観や文化に合わせてカスタマイズしなければなりません。

日本は、中間所得者層が多くてほとんどの人が保険を購入できる状況にあるため、特定のターゲット層に向けた商品を提供することは比較的容易ですが、カンボジアでは所得の高い人と低い人が混在している上に生活環境もさまざまなので、異なる顧客層に向けて適切な保険商品を提案することが必要になります。

━━実際、どのようにカスタマイズされた保険商品を展開しているのですか?

カンボジアでは、Easy Careという所得があまり高くなく、長期間にわたって保険料を支払い続けることが難しいお客様に向けた商品も展開しています。Easy Careは、短期間の支払いで保険がカバーできるよう設計されており、2年で支払いが完了するプランになっています。このように、カンボジアの経済状況や文化に合わせた商品開発を行うことで、より多くの人々に保険の保障を提供できるようにしています。

家族構成や経済事情、文化的なニーズに応じた商品展開を進めているのが、私たちの取り組みの一環ですね。

現地の人々と接する中で、自分が知らないことや理解しづらいことも多く、そこでの文化や風習を踏まえたコミュニケーションが重要になるのでほとんどのことが簡単にはいかないですが、逆にそれが面白さでもあります。現地の状況を把握するだけでも非常にユニークな経験ができており、日々新しい発見があります。

━━カンボジア市場に参入したことで、社会の変化を感じる部分はありますか?

社会の変化を感じているかというと、現時点ではまだそれほど実感できていません。保険加入率が1%程度であるため、具体的な事例は非常に少ないというのが現状です。でも私たちが5年間保険事業を行ってきた中で、例えば、保険に加入していた方が交通事故で亡くなった際に遺族が保険金を受け取ることで生活が安定し、子どもが継続して学校に通えたということもありました。

そもそも保険が利用される時というのは決して良い状況ではないため、保険の重要性を理解してもらうのは難しいですが、少しずつ保険への認識が深まってきていると思います。

「日本の心で顧客に寄り添う」第一生命のコアバリューとその姿勢は海外事業にも

━━海外保険会社の競合も多い中で、日系企業ならではの特徴はありますか?

基本的に、保険商品自体に大きな違いはなく、ブランドやイメージの違いはあっても機能的にはそれほど差はないです。でも私が思うに、会社の文化や価値観には明確な違いがあります。

第一生命では、ビジョンやミッション、パーパスといった理念体系を見直し、現在は3つのコアバリューを掲げています。一つ目は「We Innovate」、新しいことに挑戦するということです。これは多くの企業が掲げる一般的な価値観です。

2つ目は「We Care」、誰かのことを気遣うという価値観。3つ目は「We Do What’s Right」、正しいことをするということなのですが、特に「We Care」は第一生命らしさが表れていて、欧米の企業にはあまり見られない価値観かもしれません。欧米の企業は、顧客のために最善を尽くすことや新しいことに挑戦することを重視する傾向がありますが、「あなたに寄り添います」というメッセージは、日本独特のアプローチだなと感じます。

現在、第一生命の海外事業は開業したばかりのためまだ赤字で厳しい状況にありますが、長期的なスパンで事業を営んでいます。それは、保険というものは5年、10年…とお客様と長く付き合う商品だからです。もし私たちが短期的な視点で事業可否を判断してしまうと、その顧客は困ってしまいますよね。こういった顧客に寄り添う姿勢は、中長期的な視点で市場にコミットする第一生命のコアバリュー、そして日本らしさを反映していると思います。

「意志あるところに道は開ける」周りを巻き込む、強い意志をもって

━━鯖戸さんの今後の展望を教えてください。

私の目標は、カンボジア保険業界でナンバーワンになることで、そのために今後数年はこの目標に向かって全力で取り組んでいきたいと思っています。カンボジアの人々を応援し、雇用を生み出し、経済的な発展に寄与すること、そして保険を通じて人々を守るという役割に愛着を感じており、特に子どもたちが育つ環境を整えることに貢献したいと考えています。

保険の側面では、保障だけでなく「貯める」という機能も重要です。毎月の保険料を支払うことで、結果的に貯蓄ができる養老保険や学資保険は、特に貯金が難しい人々にとって大きな助けになります。例えば、いきなり100万円を貯めるのは難しいですが、10年間毎月1万円ずつ支払うことによって、最終的には120万円貯まります。この120万円で、子どもが大学に進学する際の入学金も自然に準備できるんです。

カンボジアのように金融リテラシーがまだ十分でない地域では、貯蓄を強制的に行うことができる保険商品は非常に意義があります。亡くなった時や病気になった時だけでなく、貯蓄を促進する役割も果たしていると感じています。

あとは、やはり現地でお客様の声を直接聞き、お客様に役立っている実感を肌で感じられることは私にとっても大きな喜びなので、これからも現地の人の声に寄り添った仕事をしていきたいですね。

━━最後に、慶應生にメッセージやアドバイスをお願いします。

1つ目は、『やれないことはない』ということです。「There is a will, there is a way.(意志あるところに道は開ける)」というように、努力すればできないことはないということを20年間の仕事を通じて実感しました。

私も海外での仕事をしたいという意志を持ち続け、それを口に出したことで、最終的にはカンボジア現地の保険販売に携わることができるようになりました。

やりたいことがあるなら、それを実現するために日々考え、周りに提言をすることが重要です。自分がやりたいことを追求することで、たとえ結果がうまくいかなくても、後悔は残らないと思います。

2つ目は、自分が楽しいと思う仕事を選んでほしいですね。

東京での仕事を振り返ると、トラブルが多くて大変なこともありました。しかし、その中でも重要な意思決定に関わることができたり、ミャンマーやカンボジアの会社設立に携わることになったりと仕事が楽ではなかったとしても、なによりその内容が楽しかったんです。

「楽」という漢字には、訓読みで「楽しい」という意味もあります。「楽」な仕事は決して「楽しい」とは限らず、逆に「楽しい」仕事は「楽」ではないことが多いです。朝から晩まで同じことを繰り返す生活は楽ですが、楽しくはないですよね。どうせ仕事をするなら、仕事は楽しい方が良いと思います。

人生において「楽」ではないけれど「楽しい」ことを選ぶことで、より豊かな経験が得られるのではないかと思うし、僕もそう信じて今の仕事に専念しています。